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地元 七尾市であった講演会でお会いした末田一秀さんに
電車の中で・・と貰っていただいた絵詞がきっかけで、
反原発新聞の 西尾漠さんから、”原告としての陳述文を 新聞に”というメールをいただいて
とてもびっくりした事でした。 

反原発新聞には 各地で 原発いらないと戦っている多くの方たちの 骨身を惜しまぬ活動が
綴られています。
先を見据え、信念を貫かれてこられた先達たちの粘り強い思いが
凝縮された紙面です。

そんなところに 感情のみの思いを載せさせていただいてよいものか心配しながら
私ので大丈夫なのですか?とお聞きすると
西尾さんは 変わった形で今までにない紙面になりますよ。と

出来上がったものが送られてきました
新聞の最後のページ1面全部を使って、染め絵と組み合わせた陳述文が掲載されていました

昔 原発のことを知りたいと団結小屋の片隅に座った何もわからないまま
いつのまにか30年余りたっていても、変わらず知らないことばかりです
さぞかし、誰だ、こいつは・・と物議をかもしだしそうです


でも 明日3月11日で6年になる福島の悼みは 
決してもう繰り返してはいけない
出来ることをしなくっては・・と、
ひとりひとりが、根性を培うことが大切なこと・・と

裁判所・陳述 

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陳述文 1枚目
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15年ほど前に 裁判所で1度志賀原発の差し止め訴訟の陳述をしました
2度目の陳述は 3日前の、12月5日でした
前回は前の年に逝ってしまった夫の母さんの腰ひもを締めて、縫い上げた着物を着て、臨んだのでした
今回も やはり 私の母に、一緒についていて・・と写真を胸に、腰ひもは6年前に逝った母の物でした

出来ることならどなたかに・・と思いながらも、陳述が決まってしまった後、
しなければならないとしたら、どうか裁判官の方達にと届いてほしいと祈るような気持の日々でした
 
書き直し、書き直し・・・
数字とか難しいことはわからない乏しい頭で、 感情のみの陳述でしたが

これは、母達、おんなたち みんなの 心の中にあること 
どうか少しでも届いていますように



 


藤田祐幸さん  

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哲ハウスの前で
原発に反対され続け、みんなの支えだった藤田祐幸さんが逝ってしまわれたとの連絡が入りました

写真は 祐幸さんと わらいころげている 志田です
物理学者の立場から 原発はあってはならないと 
志賀原発の建設当時から ずーっと北陸にも来てくださって講演をされていました
3・11のあと  あてはならないことが起こったことに打ちのめされながらも
もう1度、と力をふるいい起こして 金沢、能登を回ってくださったことがあって
体調不良を押しての疲れのなか 我が家で仮眠をとられて
あーすっきりした・・と起きてこられたのでした


以前 ” きっと・きっと”を出したとき
祐幸さんにお話ししてたのでお送りしました

そしたら お手紙で

> これがお宅にお伺いしたときに話していた本なのですね
> 友禅の表現力に改めて感動しました。
> 3・11後の希望の見えないこの時代に、、
こんなに美しい絵と文に出会えることは、奇跡のようであります。
> 私の周りにいて、絶望の淵にいる仲間たちに読ませたいと思います。
> お手数ですがあと10部ほど送ってください・
>
> と10000円を同封して、送ってくださったお便り
> まさか こんな風に言って下さるなんて、びっくりして じーんときて
> 今もそのお金を使えないで大事に取ってあります
> ここ数日ずーっと飾ってあります。
>
> ”めぐる・いのち ”真っ先に見ていただきたいとお送りしたのでした・・・
> それどころじゃない こんな哀しみの中だったなんて・・・
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北陸中日新聞記事
その4日後 中日新聞・・記事はこんなでした
知り合いから 新聞社へ連絡ありと・・
もうすぐ参議院選挙で・・・ 
野党統一候補のなりきりで、ピンクの服で 街角に立ったり、
7月は 忙しい季節でした
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朝日新聞記事
絵詞”きっと・きっと”の取材をしたいのですが・・・
と電話をいただいたのが 6月のはじめごろ・・
おもいがけない電話だったのとともに もう1週間ぐらいで
2冊目の、”めぐる・いのち”の印刷が上がるときでした。

次の予定はありますか?・・の質問に  実は…とお答えして
 印刷した2,3日後に、すぐに記事になって、
あまりにも早すぎて・・ どうしよう・・と
本人がちょびっと 焦ってしまったことでした

友禅絵詞  めぐる・いのち

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l友禅染・絵詞   めぐる・いのち  



子ども達・・そのまた未来の子ども達より・・・     
 戦争はどうして繰り返されるのだろう・・・
  原発はどうして止められないのだろう・・・
本当の豊かなものを、見失わないで・・・
              
           定価(税込み)          1冊1000円

               送料               1冊100円
                           2~3冊 150円
                           4~6冊 300円
                           7~9冊  500円
                           10冊以上  無料

               振込手数料       1~9冊  ご負担ください
                           10冊以上 無料
        


     問い合わせ先   じゃり道工房 FAX  0767-68-3643     
                          shida_0601@opal.plala.or.jp    


         置いてくださっているところ
             
             @@  きくざわ 書店  七尾市 ナッピイモール店
                           0767-53-8812
                               パトリア店
                              アルプラザ鹿島店

             @@  夢生民(むうみん) 
                         羽咋市 大川町 クー9-11
                           0767-23-4137 

             @@  紅茶の時間・本棚
                         河北郡 津幡町津幡 ケー21-17
                           0762-88-6092
             @@  高澤ろうそく店 
                         七尾市 一本杉通
                           0767-53-0406

挨拶文


8月2日 志賀原発のある地元、志賀町での 被爆ピアノと梅原司平コンサート
挨拶文はこんなでした。
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みなさん  きょうはようこそお越しくださいました
福島を歌う司平さんの歌声を能登で・・・と願いながらも、この小さな町で出来るだろうか・・という不安と、でも今、子ども達にできることがしたいという思いでいっぱいでした。

叶えてくださった司平さん、ピアニストの鈴木さん
行ったことのない能登へ是非・・と4トントラックで広島から駆けつけてくださった被爆ピアノの矢川さん・・
金沢から・・県内外から・・そして地元から・・、沢山の方たちに応援していただきながら、
今日の日にたどり着くことができました。
実行委員一同、心よりお礼を申し上げます。

里山、里海に囲まれた能登は、そこからの恵みを受け取り、感謝し、分かち合い、
素朴な暮らしを手渡してきた、いのちあふれる場所です。

孫たちを見守る年になり、以前にもまして
”ここにこんなに豊かなものがある”・・・・・と胸迫る思いとともに、
どんな時も支え続けてくれるこのふるさとを、子供たちに手渡したい・・・と心底、願います。
けれど、揺れ続ける日本の上で、私たちは、ふるさとが1瞬にして奪われることを・・・
昨日までの暮らしが、あまりにも無残に断ち切られることを知りました。

その耐え難い苦しみを目の当たりにしてさえ、
消えぬ毒に目をつぶり、福島で悲しみ続ける人を忘れようとし、
広島を忘れ、殺し合いを許そうとし・・・ 
子どもたちのこの先への不安は募るばかりです。

”私たちは、いのちを繋ぐためにここにいるはずで・・・・・“
かけがえのないものたちを、苦しめるためにいるのではないはずで・・・・・“

小さな過疎の町の選択肢のなさは身にしみながらも
投げ出さず、垣根を越えて、できることを考え続けたい・・  
そのことが、私たちが子どもたちへ贈れる明日への希望だと思うのです

広島を歌い、福島に寄り添い・・喜びや悲しみを分かち合いながら、歌い続けてこられた司平さん・・
焼け焦げた広島の地から、傷付いたピアノとともに全国を駆けずり回っておられる矢川さん
ひたすらに、命と平和への想いを紡いでこられたお二人は
きっと その方向を向く勇気と探し続ける力を届けてくださると思っています。

そして今日ここで、その想いをともにつなげてくださる皆さんに、感謝の気持ちでいっぱいです 
本当に有り難うございます

井戸謙一(元)裁判長

志賀原発差し止め訴訟で 今まで勝訴したことのなかった住民側に、
画期的な判決を出してくださった井戸謙一裁判長・・
”志賀原発は運転してはならない”との判決文を聞いたとき、横に座っておられた見知らぬ方と
聞き間違いでなかったのかと顔を見合わせた。
あまりの驚きに声がでなかったけれど、嬉しさに 涙が思わずポロポロこぼれた。

今日 弁護士に転職された井戸さんの講演会が金沢であったのだけれど、気負わない 真実の声に、 
またしても知らぬ間に頬を涙が伝っていた

近くへ行きたいと思いつつ、囲まれている御様子にちかよれぬままで・・
長いあいだ、1度お会いしたいと願っていた方にお会いできた、その
余韻の冷めやらぬまま駐車場へ・

なんと、前方を原告団長と一緒に帰り支度の井戸さんが・・・
おもわずかけよって 握手をお願いしてしまった
微笑みながら優しく握り返してくださった

ときに出会える、先を歩いて下さる方達・・
嬉しさに舞い上がりながら、突拍子もない行動に走ってしまうのだけれど
自ずから立つ方たちの大きさの ちいさなかけらにでもふれさせて欲しいと
願う気持ちを 許してくださっている笑顔だった。


経産省 テント前裁判

”福島のおんなたち”のひとりから
送られてきた東京の経産省テント前の裁判傍聴記・・

即時撤去を命じられ、不法占拠として
2800万円を支払えとの判決・・

原発に頼らない暮らしを求め、いのちこそ 手渡していかねばならぬこととして
多くの人達が声を上げ、訴え続けた場所・・

大きな力は人々の声を抹殺して、上辺の経済を追い求め
弱い者のくるしみなど、歯牙にもかけぬ傲慢さしかもたず、

傍聴席であまりの情けなさに立ち上がれなかった数人を
脅し、追い立て、一人一人の手足を4人がかりで 持ち上げ
雨の歩道に置き去ったとか・・・

読みながらやりきれない無力感が募った。
遠く離れた場所で・・ともに
雨の中、打ち捨てられた冷たさが身を包んだ



”きっときっと”  英訳文 を添えて

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洞爺湖の染絵展で、”きっと、きっと”の絵詞が底をついて
増刷することをどうしよう・・と迷っていましたが

会場で出会った外国の方が どんな思いで描かれたのですか?
と聞かれた時に、英語のしゃべれない私は、胸をどんどんと叩いて
”マイ・ハート・・・マイ・マインド・・”としか説明できないお粗末なことがありました。

以前” はだしのゲン・プロジェクト”の方が
ボランティアで訳してくださった英文がそのままになっていたのがあり、
もう少しだけ増刷することに決めました。

題名は    We can We must
もう少し柔らかくsurelyとか入れたほうが・・という意見もありましたが

訳してくださった方に相談したら
志田さんと私の思いは一緒だと思います・・ときっぱり・・

そうなのです  なんとしても 私たちこそが・・という思いで
綴った文章でした。

英訳文添付の”きっときっと”は2014年年末ギリギリに刷り上がりました
どんな方が、手にとっていただけるのか
ちょっぴり 重くなりました。

笠木さん

12月 年の暮れも押し詰まった朝の電話・・・
   ”笠木さんが逝ってしまわれた・・・”
10月の私たちとのコンサートを最後にして、病院へ再び・・そしてそのまま

70年あまり 歌い続けてこられた、命、平和への思い・・・・
みんなの胸の中に
わたしにでも 何か出来ることがあるだろうか・・・と
解き続けなければならない宿題を残されて・・・・・・

笠木 透さん コンサートを終えて

2014年 11月8日
笠木透さんのコンサートも無事終わりました
闘病中、この日のために、病院を抜けてきた笠木さんは 車椅子でしたが
歌へ込めた熱い思いはしっかりと伝わってきた、素敵なコンサートでした

志田も20分くらいトークをということだったので
数日前からカランカランの頭で考えているうちに
”あーそうなんだ・・・・”と改めて納得したことを話しました

笠木透さんから 
私たちの歌と 志田さんの染は 同じ思いを表現してきたのですね・・・
と言われて、ほっと 嬉しいことでした

    文章で硬いですが こんなことを言ったように思います




”桜の樹と鬼っ子の会話が浮かんできた時、希望を見たような気がしました。

人間が求め続けた豊かさや知識は、その反面、奪い合いの戦争や生き物を破滅させる放射能と隣り合わせであり・その過ちを教訓としてゆくことは、長い年月がかかることであろこと・・・

けれど、ひたすら我が身をかけて卵を抱いた、小さな母鳥がそうであるように・・・、
大地に根を張った1000年の桜がそうであるように・・・、

命をつなごうという大きな意志が途切れず続いている限り・・
その命の輝きを知っている私たちこそが見失わずに、諦めずに、求め続けてゆくことこそが、
私たちの世代が、次に生きる小さな人たちへ贈れることであり、希望そのものであると思うのです

自分の場所で、それぞれの出来ることで、その方向へ、ほんの少しでも顔を向ける人たちが増えてゆけば、大きな流れを生んでくれることを願い続けたいのです。

その呼び水となる歌・・・・戦争のない、放射能のない、小さな人たちのかける大地を何十年も歌い続けてこられた笠木透さん・・・・・・
みなさんと同じく、いのちの方を向く場所に居させてもらえたこと・・・・・・
本当にありがとうございました。”



             
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白山市での 笠木透さんのコンサートが11月8日に・・

先日、でぇげっさーの 川崎さんより 電話で
 ”鬼となりても”の染絵を、チラシに使ってもいい?と聞かれて ”はい、いいですよ”・・と
 ”ついでに志田さんの顔も入れたいけど・”・と言われて”ウーーーそれはダメ”・・と答えたのだけど

 ”残念でした。もう、発注しましたーーーー”・・・・とあっさりと・・・

これって・・あんまり・・・・・・
ってわけで、こんなすごいチラシがもう出来ていました

洞爺の地

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時に笑いつ
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松本さんごちそうさま
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芸術館の皆さん
北海道・洞爺湖の地


北海道、洞爺湖芸術館で染絵展が開かれたのは、2014年9月9日から10月5日までの1ヶ月間でした。
はるか遠い地での開催のきっかけは “きっと、きっと”を読まれた、友の会の松本さんが、芸術館に働きかけてくださったことでした。
そして芸術館の皆さんもバザー等をして旅費を工面してくださったり、役場に掛け合ってくださったりして実現した染絵展でした。

待っていてくださった皆さんの”ようやく叶いました・ほっぺたをつねっています“
との言葉とともに、出会えた温かさは、言葉にはできないものでした。
創り人がこんなに喜んでくださる方たち、そして見てくださった方たちが立ち止まって、同じ思いですよ“と伝えてくださる事には、なかなか出会えないことのはずなのに・・・・・洞爺湖では、なんと多くの出会いをいただけたことか・・・・・。

脇道でいい・・ 自分の出来ることを・・と思っていた私には信じられないくらいの有り難さでした。

“きっと、きっと”は 先の見えない中で、あとに続く子どもたちのために、私たちこそ諦めずに希望を培わねば・・との思いからでした。

ここにもこんなに同じ思いの方たちがたくさんいる・・・・・洞爺湖はそんな地でした。
改めて、布の優しさ、仲間たちに助けられながらの染絵が
普段はなかなか忙しさに紛れて見えない、本当にかけがえのないものを思い起こす“呼び水”となれたら・・と願いました。

そして、時として手離しそうになる明日への希望を、
私たちこそが・・・・諦めないで・・・見失わないで・・・・と心に刻んでいます。
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桜と鬼っ子“

野原で遊ぶ動物たちも、樹々で歌う鳥たちも、
みんな、消えていなくなった・・・。いきものたちを苦しめて、
勝手気ままな人間たちは いったいなにがほしいんだろう・・・・・・・”
ちいさなちいさな鬼っこは、ポトリ、ポトリと涙を落とした。

年老いた、大きな桜はこう言った。 花を揺らしてこう言った。
“大きな風に、こごえる雪に、わしは、ずーっとここにいた。
人間たちの優しさも、人間たちの愚かさも、見続けながらここにいた。
大地に根を張り1000年たった。
諦めずに願い続ける。 きっといつかは、気付いてくれる。
本当に豊かなものはいのちだと・・めぐりめぐるいのちこそ、
未来に続く希望だと、きっといつかは気付いてくれる。
だからお眠り、鬼っこよ・・・・“

いく月も、いく年も、大きな桜のふところで、眠り続けた鬼っ子は、
ある朝、まぶしく、目が覚めた。
キラキラ輝く陽のなかで、小鳥たちが歌っていた。
見渡す限りの野原には、いろんな色の花たちが、笑いながら揺れていた。
                       
             (福島・三春の滝桜に)

滝桜   彩色途中

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小さな鬼っこ
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花房
今年4月  滝桜を見に走ってから、4ヶ月近く
あまりに存在感が大きく、手が出ない思いだったのですが・・
小さな布になんとかかけらでもあの大きさを表したい・・と
構図を悩みながらも、太い幹を中心に揺れる花と
ずーっと棲んでいる小さな鬼も入れたくなりました。

染めてもいいのだろうかと思いながらも・・
下絵に描いた数え切れない細かい花びら・・・
その、一つ一つを写し取ってくれ、細い糸目糊を置いてくれた
たかちゃん、みきさんに後押ししてもらいながら
彩色に入りました。

まだまだ見えなくって、
どうなるのかわかりませんが あの雰囲気がきてくれるまで
何度でも挑戦したい気持ちです。

彩色をしている間、鬼っ子の話す言葉もうかんできます

人間たち・・どこへいきたいんだろう

三春の滝桜・・・染絵

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滝桜・・染めようとしています・・

武藤類子さん・講演会 in七尾

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講演会チラシ
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メッセージ 表
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メッセージ 裏
6月 21日(日)ワークパル七尾で武藤類子さんの講演会があります

”私たちは今、静かに怒りを燃やす東北の鬼です”  
という言葉に胸をえぐられる思いで、
”鬼となりても”の染を創らずにはいられなかったのでした。

この能登の豊かさをこども達に手渡したい・・
私たちも、能登の鬼にならなければ・・・・と
友人たちと、”のとじょネット”を立ち上げたのは1年余前でした。

加賀でお招きするので、能登でもどうですか?との声掛けに
”お願いします”。と手を挙げた講演会ももうすぐとなりました。

原発の話題を避けている能登では 武藤さんを知っている方もあまりいなくて
果たして・・という不安もあるのですが

でも福島を忘れないで ・
能登のこととして考えて・・
こどもたちに希望をつないで・・・

という思いはいっぱいあります。

垣根を越えて
手をつなぎ会える講演会となりますように。

100人の声 命を読む

3月2日 石川県金沢市の音楽堂で 100人の声による朗読が行われました
今年で3回目
前回は、きっと、きっとの絵詞の朗読をしました・
今回は ”願う”  として 福島の震災から思うことの朗読でした
様々の方たちが 戦争や 震災や・・奪われてしまった命の惨さ、悲しさを朗読に込めて
繰り返すことのないよう願いました。

もうすぐ 3月11日 4年目を迎えます

きょう8日は 雪でしたが、晴れ間もあり
志賀原発の団結小屋の前で 集まった人達で 脱原発を願い空に風船を飛ばしました
5連の凧も高く上がってくれました

きっと、きっと 染絵展、  北海道

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染絵  いのちの水
北海道の松本さんという方から、何回かご注文とお手紙をいただいていました
そして、洞爺湖芸術館の友の会のメンバーである彼女より
いつか北海道へ・・という言葉をお聞きしてはいたのですが 
どうしたら上手く行けるだろうか・・とか思案していましたが
企画していただいた友の会の方のご病気などで中断していました

昨年末 後を引き継いだ方より
志田さん、私たちがバザーで旅費を貯めました。
大丈夫ですか? 来られますか?・・・と息せき切った嬉しい電話を頂いて、
急展開でしたがみなさんのお気持ちが嬉しく、どうぞよろしくお願いしまーーす。
とお答えしたのでした。

というわけで
今年 2014年  9月9日から  10月5日までの間
北海道、洞爺湖芸術館で ”きっと、きっと”の絵詞染絵展”があります。

志田は会期初めの期間、9日から15日まで滞在することとなりそうですが
遠い地でお会いできる方たちに今からワクワクしています